西アジア先史時代から都市文明社会への生産基盤の変化に関する動物・植物考古学的研究 |
研究代表者 本郷一美(京都大学霊長類研究所助手) |
|
本研究の目的は、動物考古学と考古植物学の手法を用い、西アジアの先史時代社会から古代都市文明社会への移行過程における生業基盤の変化を明らかにすることである。研究代表者と分担者がそれぞれ遺跡出土の動物遺存体資料と植物遺存体資料の分析を担当する。
ユーフラテス河上流域で約1万2千年前に出現した定住集落において、植物の栽培化と偶蹄類の家畜化が進行した過程と、狩猟・採集から農耕・牧畜への生業の変化が社会の変化にどのように関与したかを探る。家畜飼育技術と植物栽培技術は生業基盤の両輪として密接に連関しながら発達したと考えられる。栽培化および家畜化の過程を進行させる重要な要因の1つは、定住集落が継続して営まれることにより周辺の環境が改変され、自然収奪的な生業形態がいきづまることにある。農耕と家畜飼育の拡大と技術の発達は、交易など地域的な交流や都市の成立による需要と連関していたはずである。牧畜・農耕が西アジア全域へ広がり、古代都市国家の成立基盤となっていく過程を、特に西アジアの古代都市国家の担い手であったセム系民族の原郷とされるビシュリ山系地域に注目し探る。また、セム系部族社会の成立には遊牧という生業形態とそれを可能にする乳加工技術の発達と密接な関連があったと考えられることから、乳利用の開始に関しても調査をすすめる。
平成17年度はビシュリ山系における調査にむけて、関連資料の収集などの準備を行う。研究代表者、分担者ともに、家畜と栽培植物の起源地の一つであるチグリス河・ユーフラテス河上流域および北西シリアの遺跡からこれまでの発掘調査により採集された資料の分析を行う。これと併行し、周辺の新石器時代遺跡の動植物遺存体資料のデータ収集を行う。動・植物遺存体の分析と記録は主に調査地で行う。
研究代表者はトルコ南東部のユーフラテスおよびチグリス上流域の新石器時代遺跡から出土した動物骨を分析し、家畜化の初期過程と家畜飼育の拡大過程の解明をすすめる。動物遺存体資料の分析においては出土する種の構成・死亡年齢・サイズ・形態に注目し、牧畜技術の発達に伴う変化を明らかにする。また、11月下旬にシリア北部のユーフラテス中流域における遺跡分布調査と来年度以降の調査地の選定に参加する。
研究分担者はシリア北西部の遺跡から出土した植物遺存体資料の分析研究を実施する。遺跡発掘現場でフローテーション法により採集された種子の形態と遺伝的な変化に注目し、生産性の高い品種が出現する時期と過程を解明する。西アジアの栽培植物は農耕開始から数千年間に急速に進化を遂げ、古代都市国家が成立する時代には作物としてほぼ完成されていたことから、新石器時代にすでに極めて高度な栽培技術が存在していた可能性がある。植物遺存体の研究においては遺跡から出土する植物種子とこの地域に自生する野生植物の形態調査にもとづき、野生種と栽培種の利用を区別し、作物のコントロールの度合いという観点から農業技術の発達を明らかにする。また、研究連絡と比較植物標本の閲覧のためフランスのCNRS研究所を訪問する。
研究の実施に際しては自然環境、定住化過程、遊牧社会成立過程の各研究班との連携を密にし、農耕・牧畜技術の発達による生業基盤の変化および家畜・作物の交易の発達と社会の変化との連関を解明することをめざす。 |
|