環境地質学、環境化学、C14年代測定にもとづくユーフラテス河中流域の環境変遷史 |
研究代表者 星野光雄(名古屋大学大学院環境学研究科教授) |
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1.特定領域研究の発足にあたって |
平成15年度に実施された企画調査を通じて、特定領域研究としての真に融合的な連携体制を整へ、平成17年度には、『「セム系」部族社会の形成:ユーフラテス河中流域ビシュリ山系の総合研究』科研費申請へと臨んだ。幸い、大沼領域代表はじめ西アジア考古学関係者の努力により見事採択された。私ども領域の一角を担う自然科学分析班としても大変喜ばしいことであり、一方では身の引き締まる思いである。領域研究の成果創出に向けての貢献はもとより、当班としての固有の研究課題にも積極的に取り組む所存である。
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2.研究目的 |
当研究班は、シリア東部、ユーフラテス河中流域ビシュリ山系における自然環境の変遷を、環境地質学、環境化学ならびにC14年代測定にもとづいて解明することを目的としている。具体的な方法論は以下のとおりである。
(1)地質・地形・土壌・植生を対象とした野外調査を行い、ビシュリ山系一帯の自然環境の実態を把握する。
(2)領域全体の核となる遺跡発掘調査に参加し、地質断面等から過去の自然環境を解読する。
(3)岩石・鉱物・土壌・胎土試料を地質学的、化学的、C14年代学的方法で分析し、自然環境変遷に関する実証的データを得る。
これらの研究から創出された成果を総合的に検討して、地質時代から先史時代、「セム」系部族社会の形成を経て現在に至るビシュリ山系の自然環境変遷史を構築する。
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3.研究の特色・独創性 |
ビシュリ山系を含めたアラビア半島北部の自然環境は、地質時代以来、地殻変動や地球規模での気候変動など様々な要因に支配されて変化を繰り返してきた。とくに、最終氷期以降のサバンナ気候→ステップ気候→砂漠気候という乾燥化傾向は、先史時代から現代に至る人間社会に少なからぬ影響を与えたことは疑いない。自然環境に対する人間の営為が多方面で問題となっている今日、自然と人間との関わりを通時的に明らかにすることは大変重要であると考える。この観点からも、ビシュリ山系で実施する本研究の学問的意義は大きい。研究代表者の星野は、これまでに7回のアフリカ現地調査を実施してきた。ケニア・ザンビア・スーダン・エチオピア・セイシェル諸島など東アフリカ全体の地質と自然環境に関する研究成果を基礎に、それらをより一層発展させた調査研究手法を本計画研究に適用し、東アフリカ地域と地質学的・環境科学的に密接な成因的関係をもつアラビア半島、ビシュリ山系一帯の環境変遷史を解明する。分担者4名は、同位体環境化学、C14年代測定、環境保全科学および層序・古生物学それぞれの学術分野で既に十分な実績を有する研究者であり、また、全員が海外調査の経験をもつ第一線の環境科学者でもある。従来の環境変遷に関する研究の内容が野外調査と花粉分析主体であるのに対して、本研究は、採集試料の同位体化学分析とC14年代測定を加えたより精密な環境解析を目指した独創的な研究である。本計画研究を含めた13の計画研究は、ビシュリ山系を共通の調査核地域に持ち、研究期間5年間の大部分は実質的な共同研究として遂行される。現地での討論が研究の進展に計り知れない相乗効果を与えることは、野外科学研究者が身をもって認識しているところである。
自然環境科学は比較的新しい学問分野であり、このような体制の下で行われた自然環境変遷の研究は国内外を通じて皆無である。優れて先駆的な研究といえよう。
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4.初年度の具体的な実施計画 |
(1) |
現地調査 |
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ビシュリ山系の概要を把握するため、地質・地形・植生等の自然環境に関する現地調査を、星野・田中・中村・吉田・束田の5名に加えて、研究協力者として大学院学生1名の参加により10日〜20日間の日程で実施する。現地で岩石・鉱物、土壌試料などを採集するとともに、一次資料としての地質図・植生図・土地利用図などを作成する。また、領域共通の発掘遺跡の選定にも積極的に参加する。 |
(2) |
室内実験 |
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採集した試料の鉱物学的検討は主として星野・吉田、同位体化学分析は田中、C14年代測定は中村、花粉分析は束田がそれぞれ担当する。必要に応じて他の計画研究班が採集した試料の分析も行う。
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5.おわりに |
研究費においても学際的にも今回のような規模の西アジア考古学研究プロジェクトは、我が国では初めてのことと聞く。この特定領域研究への期待がそれだけ大きいということに他ならない。国際的に評価されうる成果創出を目指して、自然科学分析班として貢献したいと考える。 |
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