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文部科学省科学研究費補助金 「特定領域研究」 Newsletter No.1 (2005年9月号)より
パレスチナにおける都市の発達とセム系民族の文化的背景 
研究代表者 月本昭男(立教大学文学部教授)
本研究の目的はパレスチナにおける都市社会の発達と展開を明らかにすると共に、その中でセム系民族が果たした文化的役割を解明することにある。具体的には以下の二つの課題に取り組む。

(イ)パレスチナ北部、タボル山の南東約5kmに位置する古代遺跡テル・レヘシュ(古代エジプト文書や旧約聖書に言及されるアナハラトと同定される)の調査研究。テル・レヘシュは都市が発達する初期青銅器時代から中期青銅器時代、後期青銅器時代を経て鉄器時代に至る各層が連続する未調査の遺跡である
(地図ならびに遺蹟全貌写真参照)。
 テル・レヘシュ遺跡は初期青銅器時代から鉄器時代まで層位が連続している点において、パレスチナ北部・下ガリラヤ地方に類例を見ない。本研究では、テル・レヘシュの発掘調査に基づき、同一都市内における初期青銅器時代から鉄器時代に至るまでの物質文化の変遷を明らかにする。そのことを通して西アジア文化内における都市の普遍的性格ならびにパレスチナ北部・下ガリラヤ地方における各時代の都市文化の地域的特質を解明する。とりわけ各時代層間の文化的連続と断絶に着目することにより、従来の考古学的時代区分を批判的に再検証する。
 
下ガリラヤ地方における遺跡分布図
(ロ)旧約聖書の文献学的な研究ならびに考古・碑文資料(マリ文書、アマルナ文書等)の比較検討により、イスラエル民族の起源を探る。
イスラエル民族の起源については、一世紀余にわたる研究にもかかわらず定説がない。本研究では、碑文資料などから知られるセム諸部族の動向を明らかにすることにより、イスラエル民族の起源を歴史的に定位する。もともと、パレスチナにおいては、前2千年紀前半(前1800年頃)にシリア地方からセム系民族の移住があったと言われてきた。本研究により明らかになるパレスチナ北部の都市社会の展開は、ビシュリ山系におけるセム系部族社会の動向と連動しているかどうかという点において貴重な比較資料を提供するはずである。また、シリア・パレスチナ発信のアマルナ文書を分析し、後期青銅器時代におけるハビル等の動向を見極めることも重要な課題となろう。
北西よりテル・レヘシュ(アナハラト)遺跡を望む
(ハ)本研究の学術的な特色ならびにその意義として、以下の三点が挙げられるだろう。
(1) 初期青銅器時代から鉄器時代までの各層位が重なるテル・レヘシュの発掘調査により、同一都市内のほぼ2500年にわたる文化の変遷を跡付けることができるだけでなく、今まで同地域での大規模な発掘は一つも行われていないことから、この地域の物質文化の特質が解明される。
(2) 上記の研究の結果、今まではなし得なかった他の地域との比較が可能になり、セム系民族の北パレスチナにおける動向が確認できる。
(3) 後のユダヤ教、キリスト教、イスラム教に大きな影響を及ぼした古代イスラエル民族の起源を前2千年紀シリアにおけるセム系部族の動向の中に位置づけることができる。

 なお、北部パレスチナ・下ガリラヤの諸遺跡に関しては、鉄器時代に限り、イスラエルの考古学者Zvi Galの領域調査に基づく研究が発表されているが(Lower Galilee during the Iron Age, Eisenbrauns, 1992)、本格的な発掘は行われていない。その点において本研究は先行研究が概観したこの地域の文化に具体的かつ実証的な資料を加えることができる。また日本ではこの地域の考古学的な研究はなされていない。