本研究の概要
お知らせ
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 本研究の趣旨 
キルギスタン・ナリン高地遺跡群
 
 そこで、研究を広くユーラシア乾燥地域へと拡張し、研究対象地域としてキルギスタンを選択しました。
 牧畜文化の起源地である西アジア地域とそこから波及した牧畜文化を二次的に受容したと考えられる中央アジア地域では、遊牧社会の形成過程は異なるのか、それとも同じなのか?
 この疑問を解くため、本研究ではこれまでシリアでおこなった研究手法を採用し、西アジアとの比較をとおして、中央アジアの遊牧社会発展の地理的・文化的多様性を明かしたいと考えています。 
 中央アジア地域ではフィールド調査に基づく実証的研究が十分に進展しているとは言えず、常に仮説的モデルの提示が先行してきました。
 仮説の第1は、前4千年紀から前2千年紀にかけて黒海北岸地域の遊牧民が移住したとする考えです(M. Gimbutas, Bronze Age cultures in central and eastern Europe, 1965)。第2は、同じく前4千年紀から前2千年紀の在地狩猟民ないしは農牧民が専従遊牧民化したという考えです(M. Frachetti. Current Anthropology 53/1, 2012)。いずれの考えも仮説の域を出ず、今後の調査進展による検証が必要であることは言うまでもありません。
 本研究は中央アジア東端・キルギス共和国の東部、天山山脈北側の山麓地域でおこなわれます。この地域は天山山脈という自然の障壁を挟んで中国と国境を接しています。そして、西アジア型牧畜文化の終着点となっていると考えられます。
 したがって、今回キルギスタンで調査を実施することは、牧畜文化の起源地域と最周縁の受容地域における遊牧社会形成課程の比較研究になります。同時に、西・中央アジアと東アジアの接点に位置するという地理的条件をふまえ、東アジアの牧畜文化との比較研究をもその視座に収めています。

研究の計画
 本研究では以下のような研究を推進します。
 1)天山山脈北側山麓地域の遺跡分布調査をおこない、旧石器時代から歴史時代までの遺跡を記録して、遺跡数の変遷、遺跡規模の変化、遺跡立地の特性などセトルメント・パターンを研究します。
 2)この研究成果にもとづき、遊牧社会形成過程を跡づけることのできる前4千年紀から前2千年紀にかけた集落・墓地等の異性格の遺跡を選定し、そのなかの複数遺跡で発掘、あるいは試掘をおこないます。そのうえで、居住形態や生業形態、そして、周辺地域との交流関係を考察し、年代的な検討をおこないます。
 3)以上2つの研究成果にもとづき、キルギスタンにおける遊牧社会形成に関する既存モデルを検証し、中央アジアと西アジアにおける遊牧社会発展の地理的・文化的な多様性を考察したうえで、新たなモデルを提起したいと考えています。

研究の独創性
 1)中央アジアにおける遊牧社会形成過程の研究は、インド・ヨーロッパ語族の移動や騎馬遊牧民成立の解明という重要な研究のなかで大きく貢献できる点にあります。これらの研究課題はG.チャイルドをはじめ20世紀初頭から数多くの研究者によって取り組まれてきました。しかし、旧ソ連時代の政治・言語の壁により、現地研究者と西側研究者の間の学術的相互交流が図られなかったため、中央アジア地域における調査研究は十分に進展したとは言えません。そこで、現地調査による最新情報を英文誌や公開シンポジウム、ホームページ等をとおして国際的に発信することで、本研究の成果が国内外の研究者に幅広く受け入れられると確信しています。日本を含む海外調査団によるキルギスタンでの遺跡調査は限定的にしか実施されていません。それ故、海外調査フィールドの拡大という学界への波及効果も小さくありません。
 2)西アジアで蓄積してきた自前の証拠に基づいて遊牧社会形成に関する比較研究を実証的におこなうことができる点に本研究の特色があります。調査フィールドや研究対象の専門・細分化が極度に進んだ今日、西アジアから中央アジアにまたがる広域・広視点的な複数地域を対象とする研究の機会は稀であり、この点もまた本研究の独創性です。

期待される成果
 調査地域は、古型のホモ・サピエンスがアフリカを出たのち、西アジアを経由して、中央アジアに到達したと考えられる中期旧石器時代、農牧技術が西アジアから伝播したと考えられる新石器時代、遊牧社会が発展した青銅器時代から歴史時代、という多岐にわたる時代の遺跡を数多く有しています。したがって、太古にまで遡る通時的な視点で遊牧社会の形成過程を研究できます。
 このことから、以下のような成果が期待できます。
 1) 中央アジアにおけるホモ・サピエンスの出現様相の解明。
 2) 農牧混合型遊牧が発展した西アジアとは異なる、「騎馬遊牧」を発達させた中央アジア固有の形成過程と地理的多様性の解明。
 3) 金属加工技術、牧畜技術、植物栽培技術の相互伝播など、東西アジアの交流に直接関係する出土資料にもとづく問題提起。
 4) 匈奴、突厥など、ユーラシア地方の歴史において重要な役割を果たした遊牧集団の出現過程の解明。
 
 以上の成果は、西・中央アジア史だけではなく、日本を含む東アジア史全体の再検討に大きく貢献すると期待されます。