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文部科学省科学研究費補助金 「特定領域研究」 Newsletter No.4 (2006年12月号)より
砂漠砂から読み取る過去の自然環境
星野光雄(名古屋大学)
計画研究「環境地質学、環境化学、14C年代測定にもとづくユーフラテス河中流域の環境変遷史」研究代表者
はじめに

 砂漠の砂は、地表に露出した岩石が砂漠気候条件下で風化作用を受けてできたものである。岩石由来の砕屑物という点では、河川や海岸の砂と同じであるが、砂漠の砂には、風成砕屑物に特有な風化作用の特徴がみられ、砂漠の発達過程を研究する上での重要な材料となっている。

 名古屋大学では、これまでに世界各地の砂漠(図1)から採集された砂の堆積学的・鉱物学的分析を行い、興味深い研究成果が得られている。間近に迫った特定領域シリア・ビシュリ山系での本格調査においても、砂漠砂の系統的な分析が、当地域の環境変遷史を解明するための有力な研究手法の一つとなる。
図1 砂漠砂の採集地域

試料採集者−リビア砂漠:諏訪兼位、シナイ半島:川床睦夫、北ケニア:佐藤 俊、
カラハリ・ナミブ砂漠:大崎雅一、タクラマカン砂漠:栄林知子、敦煌:敦煌文物研究所、
オーストラリア砂漠:五十嵐 雅・高橋耕也
砂の母岩の推定

  図2は、タクラマカン砂漠ホータン北方で採集され、諏訪ほか(1987)によって分析された砂の偏光顕微鏡写真である。ここに掲載した岩石砂(図2−A〜D)以外にも、片麻岩砂、砂岩砂、泥岩砂、緑れん石岩砂が認められ、岩石砂全体で11.5%を占める。鉱物砂は図2−E〜H以外にも14種類が認められ、鉱物砂全体で88.5%を占める。これほど多種類の岩石砂や鉱物砂で構成されている砂漠砂は、これまでに分析した試料では見当たらない。

 同定した岩石砂を手掛かりに、砂の母岩を推定することができる。また、鉱物砂(例えば図2−E〜H)の化学組成を特定することで、母岩推定の確度は高くなる。タクラマカン砂漠砂についてはこのような分析法で砂の母岩を推定した。

 タクラマカン砂漠(タリム盆地)は、天山山脈と西クンルン山脈およびアルティン山脈との間に存在する。これらの山脈に囲まれた地域に露出する先カンブリア時代の変成岩・堆積岩、古生代の堆積岩・深成岩、中生代の堆積岩、第三紀堆積岩など、長い時代に亘る種々の岩石類が、タクラマカン砂漠砂の起源であることが推定された(諏訪ほか,1987)。
図2 タクラマカン砂漠の砂粒の偏光顕微鏡写真
直交ニコル下で撮影 スケールバー:0.1mm

A:白雲母片岩砂


C:珪岩砂


E:石英砂


G:単斜輝石砂

B:石灰岩砂


D:チャート砂


F:微斜長石砂


H:かんらん石砂


砂の母岩の推定

砂漠に露出する岩石は、主として機械的風化作用によって細かくなる。砂漠といえども、夜間には結露があり、気温が氷点下になることもある。岩石の隙間に浸透した露は氷結して体積を増し、隙間をわずかに押し広げるほどの力を発揮する。さらに、昼夜の大きな温度差が、岩石にわずかな体積変化を与える。このような現象が長年繰り返されると、岩石は脆くなって礫化し、ついには礫も構成鉱物単位に分割され、さらに鉱物は、結晶構造の弱い面に沿って分割・細粒化する。また、長い時間経過においては、砂漠環境下でも化学的風化作用が鉱物の溶解を引き起こす。
図3 カラハリ・ナミブ砂漠の石英砂の走査型電子顕微鏡写真
スケールバー:0.5mm

A:カラハリ砂漠

B・C:ナミブ砂漠
 風化作用に対する鉱物の抵抗性は、化学組成と結晶構造に支配される。苦鉄質鉱物(かんらん石、輝石、角閃石など)やCaに富む長石は抵抗性が比較的低く、石英やCaに乏しい長石は抵抗性が高い。とりわけ、石英の抵抗性は際立っており、地質学的長期間の風化作用を受けても石英だけは最後まで残る。結晶粒ではなくても、ほとんど石英のみから成る珪質岩も抵抗性は高い。一方、風の力で砂粒同士が衝突を繰り返すことにより、砂粒は徐々に磨滅して丸くなり、円磨度が高くなる。この磨滅作用に対する抵抗性も石英や珪岩はきわめて高い。

 諏訪ほか(2003)は、砂漠砂の鉱物組成と円磨度から砂漠砂の成熟度を議論した。すなわち、 石英砂(珪質岩も含む)の割合がきわめて高く、砂粒の円磨度も高い砂漠砂が成熟度が高い、つまり、長い時間、砂漠環境下で風化作用を受けた結果であると考えた。リビア砂漠砂(Mizutani& Suwa, 1966)は、石英砂と珪質岩砂が91.7%を占め、円磨度が高い。オーストラリア砂漠砂は、石英が80〜100%を占め、円磨度が高い。カラハリ砂漠砂のほとんどは、石英が95%以上を占め、円磨度が高い(図3−A)。これらの砂漠砂は成熟度が高いと考えられる。ナミブ砂漠には、石英が98%で円磨度が高い成熟砂(図3−B)と、石英が59%で円磨度が低い未成熟砂(図3−C)がある。タクラマカン砂漠砂は、石英砂と珪質岩砂が36%で円磨度が低く(図2)、きわめて未成熟な砂と考えられる。

 上記の基準で判断すると、シナイ半島と北ケニアの砂漠砂(未公表資料)には、成熟度が高いものと低いものが混在する。特異な砂漠砂として、敦煌、莫高窟−鳴沙山の砂がある(諏訪,山崎,1983)。花こう岩砂と珪質岩砂が94%を占め、円磨度は高い。また、他の砂漠砂に較べて粒度がかなり粗い。
図4 カラハリ砂漠の砂の粒度組成
横軸のφスケールと砂粒の直径d(mm)との関係:d=(1/2)φ

砂漠砂の母集団の移動・混合

  砂漠砂は、ある一定の条件下では、成熟の進行に伴って淘汰作用が起こり、粒度や円磨度の淘汰度が高くなる。カラハリ砂漠砂の例(図4)でみられるように、淘汰度の高い砂の粒度組成は、対数正規分布に近い特徴を示す。この特徴は、砂漠砂のみならず、河川や海岸の砂でもみられ、堆積学的に重要な経験則である。Mizutani & Suwa(1966)は、リビア砂漠砂がバイモーダルな粒度組成と円磨度を示すことに注目し、別々の異なった場所で形成された2つの砂漠砂の母集団が混ざり合った結果であると考えた。

まとめ

 アラビア半島には、先カンブリア時代から現世まで、さまざまな時代の地層がみられる。それぞれの地層を構成する岩相と造岩鉱物の特徴をおさえ、砂漠砂の砂粒の特徴との比較を行うことによって、砂の来歴を語ることができるかもしれない。アラビア半島の第四紀の環境は一方的な乾燥化傾向であったのか、あるいは幾度かの湿潤期があったのか。後者の場合、砂漠砂はどこでどのように再活動を起こしたのか。いくつかの研究課題が出てきて興味は尽きない。

参考文献

Mizutani, S. and Suwa, K., 1966, Orthoquartzitic sand from the Libyan desert, Egypt.
Jour. Earth Sci., Nagoya Univ., 14, 137-150.
諏訪兼位,星野光雄,栄林知子,平岩五十鈴,志井田 功,1987,中国 タクラマカン(塔克拉瑪干)砂漠の砂.「名古屋大学総合研究資料館報告」,3,103-122.
諏訪兼位,山崎一雄,1983,敦煌鳴沙山の砂.「地学研究」,34,69-81.
諏訪兼位,星野光雄,大崎雅一,2003,砂漠砂の多様性.「アフリカ研究」,63,17-26.