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文部科学省科学研究費補助金 「特定領域研究」 Newsletter No.1 (2005年9月号)より
北メソポタミアにおけるアッシリア文明の総合的研究
研究代表者 沼本宏俊(国士舘大学体育学部助教授)
 現在の国際情勢は、イラク戦争、パレスチナ紛争、そして世界各地で頻発する国家紛争や民族紛争により一層混迷を深めているが、こうした紛争の殆どは近現代の列強による帝国主義政策に起因している。その原点は前2千年から1千年紀にかけて北メソポタミア(イラク北部、シリア北東部)で興隆した人類史上初の世界帝国“アッシリア”にあることは疑いなく、この帝国の諸様相の実体が今後の世界の動向を予察し、人類の未来への展望を見出すうえでも非常に重要な役割を担っている。
 “アッシリア”は、王を専制君主とした中央集権国家で西アジアの各地に勢力を拡大し属国、属州を従え、全盛期の前7世紀にはオリエント全域を制覇し世界帝国を築くが、この人類史の不滅の偉業を成し遂げたのがビシュリ山系を源郷とするセム系民族である。注目すべきアッシリアの支配政策として被征服民族の強制連行・移住・労働があげられるが、こうした非人道的な政策は近現代の列強や独裁国家の隷属政策と相変わらず、将来、人類が同じ轍を二度と踏まないためにも“アッシリア”を築いたセム系民族の特質を認識しておく必要があろう。

テル・タバン遺跡:出土した粘土板文書群

 こうした視点から本研究では“古代メソポタミア文明”の中でも中核をなすアッシリア文明の解明に焦点をおき、発掘調査や既存出土考古・文字資料の多角的分析を行い新たな知見を提供し、未だ不明瞭なアッシリアの政治、経済、社会構造の全容解明に貢献することを主眼としている。特にアッシリアの帝国化 が始まる前2千年紀のアッシリアと近隣諸国の具体的な従属関係や帝国化への発展過程と要因を探り、アッシリア帝国の興亡の背景と人類が最初に築いた帝国主義の実体を究明したい。
 本研究はアッシリア史を多角的に究明する総合的研究調査であるが、考古学的研究調査に重点を置いているため研究課題を完遂するには限界があり、都市形成過程、粘土板文書、聖書考古学、建築史、美術史、形質人類等の研究班と連携することにより、セム系民族“アッシリア”の言語、民族、宗教、思想等の実体をより深化させることができ、さらに“アッシリア”の全体像を包括し探求することが可能になる。
 本研究では研究遂行の一環としてシリア北東部のハブール川中流域にあるアッシリア時代のテル・タバン遺跡の継続発掘調査を計画している。同遺跡は国士舘大学により1997〜1999年、2005年に4回の調査が行われ、様々な新資料が提供されアッシリア史を解明するうえで多大な貢献をなしつつある。特に中期アッシリア時代(前12-11世紀頃)の層位からは、宮殿状建物跡の一部とともに計71点にも及ぶ碑文片や煉瓦片の文字資料や文書保管庫から粘土板文書群を発見し、その記述内容からアッシリア帝国の西方進出の拠点としてアッシリア大王の王子が派遣され繁栄したマリ王国の都“タベトウ”であったことを実証した点は特筆されよう。同遺跡での楔形文字資料の発見は、メソポタミア地方で日本の調査隊による50年におよぶ発掘史の中で、史上初のことである。今後も調査を継続すれば文字資料が出土するのは確実で、本研究は邦人による初のメソポタミア地方に於ける楔形文字使用期の歴史時代の考古学的調査であることを強調しておきたい。
歴史考古学的調査ならではの醍醐味は、楔形文字で記された史実を発掘調査によって実証することにつきるが、こうした面でも本研究は国内の考古学及び楔形文字研究者の活性化を促し、今後の西アジア古代史の発展に大いに寄与することができる。これまでの日本の調査隊によるメソポタミア地方の発掘調査は、主に先史時代の遺跡に限られ、楔形文字使用期の歴史考古学の研究領域では欧米諸国に後塵を拝していたが、本研究が契機になり日本がやっと欧米諸国と同じ土俵に立つことができるという点で、非常に意義深いと言える。
  テル・タバン遺跡