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文部科学省科学研究費補助金 「特定領域研究」 Newsletter No.1 (2005年9月号)より
西アジア旧石器時代の行動進化と定住化プロセスの関係 
研究代表者 佐藤宏之(東京大学大学院人文社会系研究科助教授)
 現代人ホモ・サピエンスは、4万年前以降氷期の温帯地域を中心に、石刃技法等を保持しながら広域移動型行動戦略を駆使して、草原等の中大型獣狩猟を発達させたが、後期旧石器時代後半期になると、資源構造の変化に伴い、次第に各地の動植物資源に代表される地域生態に多面的に適合した地域社会・文化の形成に向かうようになったとおおむね見なすことができる。この時、最初の部族社会の初現形態が誕生した可能性が高い。
 本計画研究班は、現代人の行動進化というすぐれて今日的な視点から、西アジアを中心とする地域の定住化プロセスの中に、部族社会の初現と形成過程を探ることを目的としている。
 西アジアにおける定住化のプロセスは、コムギ等の植物資源の管理・栽培と、ヒツジ等の動物資源の馴化・家畜化という生業システムの本格的採用に連動した過程であったと考えられるが、近年の研究により、その形成は、かつて「新石器革命」と呼ばれていたような短期間で達成されたものではなく、後期旧石器時代初頭に遡る長期にわたる適応過程の歴史を有していることが明らかにされた。現代人が誕生の地アフリカを脱して最初に拡散を果たした地域である西アジアの後期旧石器時代の集団は、遊動型先史狩猟採集民であったと考えられるが、西アジアという気候環境に適応した多様な狩猟採集戦略の展開過程の中で、いち早く植物資源の管理と半栽培、動物資源の馴化技術 を獲得し、長期にわたる試行錯誤を繰り返しながら、農耕・牧畜を主体とした定住的生業=社会システムに移行したと考えられる。
 しかしながら、この一般的なシナリオは、西アジア各地の個別研究事例を相互に組み合わせて構築された仮説であり、十分な検証を受けていない。そこで、本研究では、近年世界の他地域で組み立てられつつある稲作農耕や階層化狩猟採集民社会等の定住化過程論との比較考古学的・民族考古学的検討を行い、西アジア定住化仮説の理論的妥当性について検討することを第一の目標としている。また、理論的検討と並行して、西アジアにおいて最初に定住化が進行した核地帯のひとつであり、本研究領域の共通調査フィールドであるシリア・ビシュリ山系一帯において、どのように後期旧石器適応が進行したか、あるいはどのような定住化のプロセスが生じたのかを分析し、具体的な地域相に関する検討も行いたい。
 後期旧石器適応とは、現代人による環境の社会化のプロセスであり、生業・技術・社会関係・文化様式等が相互に密接に関連しながら行われる行動進化と考えられることから、諸要素の具体的分析とともに、その相関関係を具体的に解きほぐすことが重要となる。西アジアの定住社会研究は、欧米を中心に長い研究史をもつが、同時にその視点もまた、欧米的な自民族起源探求の文明論に偏りがちであった。非欧米の視点から照射することにより、欧米中心史観(文明史観)を脱した人類史的評価を与えてみたい。