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メソポタミア古人骨の3次元デジタル化と形態分析 |
荻原直道(京都大学大学院理学研究科)
巻島美幸(兵庫大学健康科学部)
石田英実(滋賀県立大学人間看護学部)
計画研究「ユーフラテス河中流域とその周辺地域の住民に見られる形質の時代的変化」研究代表者 |
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ユーフラテス河流域は、人類が初めて農耕や牧畜を始め、高度なメソポタミア文明を発達させた地域である。文明の担い手であったこの地域の住民は、どのような人類であり、また彼らの生物学的な特徴(形質)は、時代とともにどのように変容してきたのであろうか。我々の研究班は、古人骨の形態学的な分析からこの問いに迫り、セム系民族成立を考える基礎を構築することを目的として研究を進めている。
ユーフラテス流域の形態人類学的な研究は、20世紀前半より欧米の研究者により開始され、発掘された頭蓋骨の形態、特に頭蓋示数(頭蓋幅と前後長の比率により頭形の長短を表す)の比較から、そこに住む人類の時代的変遷を明らかにする試みがなされてきた(例えば、Keith,
1927;Buxton & Rice, 1931; Penniman, 1934; Ehrich, 1939; Swindler,
1956)。しかし、資料は限られており、必ずしも体系的に調査が行われているわけではない。一方、京都大学自然人類学研究室には、国士舘大学イラク古代文化研究所が行ったイラクでの古代遺跡発掘調査(代表:藤井秀夫)により収集された、約500体のメソポタミア出土の古人骨資料が保管されている。これは、メソポタミア古人骨の世界最大級のコレクションの一つであるが、メソポタミア流域住民の身体形質の時代的・地理的変遷を、本資料を基に包括的に分析する試みは、今までほとんど行われてこなかった。
このため我々は、本コレクションの頭蓋骨標本をX線断層撮像装置(CT)を用いて撮影し、その3次元デジタル化を進めるとともに、変異の形態分析を進めている。本稿ではこうした試みについて紹介する。
京都大学自然人類学研究室に収蔵されている標本は、イラク中部のHimrin遺跡群(Tell Songor,Tell Gubbahなどのテル群)から出土した394体、イラク西部のSur
Jur'eh, Glei'ehから出土した32体、イラク北部のAshulから出土した計8体、イラク中南部のBabylonから出土した4体、出土地不明8体の計446体である(図1)。
図1 京都大学所蔵イラク古人骨標本の出土地と標本数 |
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そのうち約半数がイスラム期に属するものであるが、ウバイド期など古い時代に属するものも存在しており、時代的にも多様なコレクションを形成している(図2)。
図2 京都大学所蔵イラク古人骨標本の年代別標本数 |
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そのため、メソポタミア地域住民に見られる形質の地理的変異とその時代的変遷を探る上で、世界的に見ても重要なコレクションであるといえる。ただし、すべての個体について頭蓋骨が存在するわけではない。また、古い時代の標本の遺存状態は相対的に悪く、頭蓋骨を詳細に分析できる個体は限られている。収蔵標本の詳細は、関連文献(石田,
1981; Ikeda et al., 1984-85;和田, 1986)、および本特定領域の開始を機に刊行した標本カタログ(石田,
荻原, 巻島, 2006)を参照されたい。
近年、骨標本を丸ごとX線CTによりスキャンし、その断層像からバーチャルレプリカをコンピュータ上に構築することによって、デジタル空間内で標本の3次元形態の観察や、その定量的な比較を行うことが可能となっている。こうした標本のデジタル化は、隠れた内部構造(例えば、頭蓋内面や洞)を含む標本の3次元形態の詳細な分析を可能とするばかりでなく、壊れやすい実標本にアクセスする頻度を下げ、傷つけるリスクを減少させることにつながる。
このため本研究では、京都大学自然人類学研究室に設置されているX線ヘリカルCTスキャナTSX-002/4I(Xvision)(東芝メディカル)を用いて上記コレクションの頭蓋骨を撮影し、そのデジタル化を進めている。撮影条件は、管電圧120kV、管電流100mA、スライス厚2mmとした。得られた高解像度断層像(図3A;ピクセルサイズ0.5mm、画像間隔0.5mm)から、医用画像処理ソフトウェア(Analyze
5.0)により骨領域を抽出し、その3次元形状を可視化した(図3B)。
図3 頭蓋骨の3次元デジタル化 |
A: CT断層像 |
B: 3次元形状の可視化 |
さらにこの表面を微小三角形(ポリゴン)のパッチデータに変換し、標本の3次元立体モデルを構築した。
現在までに、計38個体の頭蓋骨のデジタル化を完了した。そのうち12個体については、データをインターネット上で公開している(図4;京都大学所蔵イラク古人骨CT画像データベース)。
Webを利用することにより、遠隔地からでも簡便に標本を検索し、その保存状態や3次元構造を閲覧することができるようになっている。こうしたデジタルアーカイブの構築・整備は、メソポタミア古人骨研究の基盤を形成する上できわめて重要である。今後、さらなる標本のデジタル化と、そのデータの公開を進めていく予定である(標本の性質上、データの閲覧・利用には登録が必要)。
図4 京都大学所蔵イラク古人骨CT画像データベース |
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A: 標本一覧画面 |
B: 検索画面(性別などの属性データにより検索) |
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C: 標本データ(IR No.11)の出力例 |
D: CT画像の閲覧(矢印ボタンにより移動) |
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E: 3次元形状の表示(マウス操作により回転、拡大・縮小が可能) |
頭蓋骨形態変異の比較分析は、従来、距離や角度といったスカラ変量を計測し、多変量解析などの手法を適用することによって行われてきた。しかしこの方法では、形態の3次元的特徴を完全に捉え、比較することは困難であった。それに対して、形の特徴を、解剖学的特徴点の座標の集合として記録し、座標の違いをそのまま主成分分析することにより形態変異の傾向を抽出する、数理形態学的手法が近年広く用いられるようになっている。
我々は、こうした数理形態学的手法を用いて、頭蓋の形態変異の予備的な分析を開始した。具体的には、イスラム期の頭蓋骨3個体(標本番号IR44,
45, 49)について、構築した頭蓋骨の立体モデルを3次元形状処理ソフトウェア(RapidForm2004)に読み込み、計34の形態学的特徴点の3次元座標を計測した(図5)。そしてこの座標データを3次元数理形態学ソフトウェアMorphologikaに入力し、形態変異の主成分を算出した(O'Higgins & Jones,
1998)
図5 取得した形態学的特徴点(黒丸)(A: 前頭面、B:
矢状面、C: 水平面) |
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3個体を主成分(PC)1とPC2に対してプロットしたグラフ(図6)と、PC1が表す形態変異を3次元的に図示した結果(図7)を示す。図6より、IR44とIR49の頭蓋骨は互いに類似しているのに対して、IR45は異なる形質を示していることがわかる。また図7は、PC1が表す変異は頭蓋骨の幅および高さに対応しており、IR44と49は相対的に長頭なのに対して、IR45は短頭であることを表している。和田(1986)によれば、本コレクション所蔵のイスラム期の頭蓋骨は大きく二群に分類され、IR44と49は相対的に長頭なI群に入るのに対して、IR45は短頭なII群に入ることを報告しており、こうした形態変異の傾向が、本手法によりきちんと抽出できていることが確認できる。
図6 形態学的特徴点の主成分分析結果(主成分(PC1)がx軸、PC2がy軸を表す) |
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図7 PC1が表す頭蓋骨の形態変異
(A: 前頭面、B: 矢状面、C: 水平面)特徴点を結ぶワイヤーフレームの変形によって、形態変異の傾向を図示している(図5を参照のこと) |
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京都大学自然人類学研究室に保管されているメソポタミア古人骨の3次元デジタル化、およびその頭蓋骨の3次元数理形態学的分析について概説した。今までほとんど体系的な研究が行われていないメソポタミア古人骨研究を、こうした新しい取り組みによって推進する意義は、世界的に見ても大きいと考えられる。今後、本コレクションの頭蓋の形態変異の解析を進め、メソポタミア流域の人類形質の時代的・地理的変遷を明らかにしていきたいと考えている。
本研究の遂行には、京都大学自然人類学研究室の辻川寛氏(現東北大学大学院医学研究科)および森本直記氏、奈良文化財研究所の橋本裕子氏の協力を得た。ここに記して謝意を表する。
- Buxton, L.H.D., Rice, D.T.(1931) Report on the human remains found at Kish, Journal of the Royal Anthropological Institute of Great Britain and Ireland, 61: 57-119
- Ehrich, R.W.(1939) Late cemetery crania, in Starr, R.F.S., Nuzi vol. I, 570-589, Harvard University Press, Cambridge.
- 石田英実(1981) イラク・ハムリン地域の出土人骨,藤井秀夫(編)イラク・ハムリン調査概報, ALRafidan,2: 109-123.
- 石田英実、荻原直道、巻島美幸(2006) 京都大学自然人類学研究室所蔵イラク古人骨標本カタログ.
- Ikeda, J., Wada, Y., Ishida, H.(1984-1985) Human skeletal remains of the Jamdat Nasr Period from Tell Gubba, Iraq, AL-Rafidan, 5-6: 215-233.
- Keith, A(1927) Report on the human remains, in Hall, R.H., Woolley, C.L., Ur Excavations vol. I, Al-Ubaid, 214-240, Oxford University Press.
- O'Higgins, P., Jones, N.(1998) Facial growth in Cercocebus torquatus: an application of threedimensional geometric morphometric techniques to the study of morphological variation, Journal of Anatomy, 193: 251-272.
- Penniman, T.K.(1934) A note on the inhabitants of Kish before the Great Flood, in Watelin, L.C.,Excavations at Kish vol. IV, 65-72, Librarie Orientaliste Paul Geuthner, Paris.
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Swindler, D.R.(1956) A study of the cranial and skeletal material
excavated at Nippur, The University Museum, University of ennsylvania,
Philadelphia.
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和田洋(1986) イラク・ハムリン盆地出土のイスラム期頭蓋骨の人類学的研究,Anthropological Report,43:
1-32.
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