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文部科学省科学研究費補助金 「特定領域研究」 Newsletter No.2(2006年3月号)より
イラン・ボラギ渓谷遺跡の調査に参加して
総括班代表者 大沼克彦(国士舘大学イラク古代文化研究所)
 平成17年の8月1日から11日まで、イラン・イスラム共和国ファルス県シヴァンド川流域にあるボラギ渓谷遺跡の調査に参加した。
 この調査を通して、2つの地点(地点75(BV75):写真1、地点130(BV130):写真2)で5千点ほどの石器が出土したが、石器の素材となった岩石は濃茶色から緑色をしたチャート質フリントである。最大資料は長さ47o、幅24o、厚さ24oと極めて小形で、ボラギ渓谷遺跡での石器製作が小形の石材を用いておこなわれていたことがわかる。
 石器の内訳はデビタージュ、即ち、石核剥離の産物としての意図的剥片と、石核修正剥片、チップあるいは二次加工由来剥片、二次加工石器、石核である。主なデビタージュは石刃と細石刃である。
 二次加工石器は、背潰し石刃/細石刃、抉入石刃/細石刃、尖頭石刃/細石刃、サイド・スクレイパー、エンド・スクレイパー、急角度スクレイパー、親指爪状スクレイパー、彫器である。これらは極めて小形で、非幾何学形細石器と呼べるものが多く存在する。これとは別に、三日月形や台形をした幾何学形細石器も少なからず存在する。
 石刃を分割して幾何学形細石器を製作する際に生じるマイクロ・ビュランは1例もみられなかった。また、幾何学形細石器は細石刃自体よりも小形である。従って、ボラギ渓谷遺跡の幾何学形細石器はマイクロ・ビュラン技法で作られたのではなく、細石刃に二次加工を施すことで作られたと考えることができる。
 マイクロ・ビュランの欠如に関しては、ボラギ渓谷ではこの技法がすでに採用されなくなっていたという時代性、あるいは、もともとこの地に存在しなかったという地域性の二つが考えられる。
 ボラギ渓谷遺跡の剥片と石刃は打撃で剥がされている。そして、石核の多くは角柱形を呈している。新石器時代にしばしばみられる押圧石刃は皆無である。
 細石刃は押圧で剥がされていて、極めて規則的な剥離である。同様に、細石刃石核は規則的な剥離痕を残している。それらは、円錐形、角錐形、角柱形を呈している。しかし、「砲弾形」をしたものはみられない。
 上述したように、ボラギ渓谷遺跡の石器群はエンド・スクレイパー、親指爪状スクレイパー、そして、非幾何学形細石器やかなりの数の幾何学形細石器で構成されている。この点で、西イラン地方のワルワシ岩陰遺跡(Olszewski 1993)に代表されるザグロス山麓の続旧石器・ザルジアン石器群の特徴を備えている。
 しかし、ワルワシ岩陰遺跡のザルジアン石器群とは異なり、細石刃剥離のために押圧が用いられている。
 マイクロ・ビュランの欠如に関しては、ボラギ渓谷ではこの技法がすでに採用されなくなっていたという時代性、あるいは、もともとこの地に存在しなかったという地域性の二つが考えられる。
 ボラギ渓谷遺跡の剥片と石刃は打撃で剥がされている。そして、石核の多くは角柱形を呈している。新石器時代にしばしばみられる押圧石刃は皆無である。
 細石刃は押圧で剥がされていて、極めて規則的な剥離である。同様に、細石刃石核は規則的な剥離痕を残している。それらは、円錐形、角錐形、角柱形を呈している。しかし、「砲弾形」をしたものはみられない。 上述したように、ボラギ渓谷遺跡の石器群はエンド・スクレイパー、親指爪状スクレイパー、そして、非幾何学形細石器やかなりの数の幾何学形細石器で構成されている。この点で、西イラン地方のワルワシ岩陰遺跡(Olszewski 1993)に代表されるザグロス山麓の続旧石器・ザルジアン石器群の特徴を備えている。
 しかし、ワルワシ岩陰遺跡のザルジアン石器群とは異なり、細石刃剥離のために押圧が用いられている。
写真1 ボラギ渓谷遺跡地点75(筆者撮影)
写真2 ボラギ渓谷遺跡地点130(筆者撮影)
 
 全体としてみれば、ボラギ渓谷遺跡の石器群をザルジアン石器群の終焉から, 押圧剥離を有していた「プロト・ネオリシック(Mellaart 1965: 18)」のあいだの, ある時期に年代づけることが可能である。特に、石器の内訳が詳細に報告されている北イラク・ザグロス山麓の遺跡ザヴィ・チェミ・シャニダール(Solecki 1981)、ケルメツ・デーレ(Watkins et al. 1991)、ネムリク9(Kozlowski and Kempisty 1990)、ムレファート(Howe 1983)、カリム・シャヒル(Howe 1983)などの「プロト・ネオリシック」石器群の中に年代づけることができるだろう。
 この「プロト・ネオリシック」石器群とは別に、最近になり、イラン西部ルリスタン地方ザグロス山麓のヴァーレ・ザルド岩陰複合遺跡でボラギ渓谷遺跡石器群に類似した資料が報告されている。この複合遺跡では、続旧石器的石器と「プロト・ネオリシック」的石器が崖線に沿って200mほどにわたり分布している(Roustaei, et al. 2004)。これらのすべてが同一時期のものであった確証はないが、石器の内訳が鋸歯縁石刃・細石刃、エンド・スクレイパー、錐などで、また、精巧に剥離された石刃と細石刃を有していることなど、ボラギ渓谷遺跡石器群に類似している。ヴァーレ・ザルド岩陰複合遺跡においても石刃は押圧で剥離されてはおらず、細石刃だけが押圧で剥離されている。細石刃石核のなかには、「砲弾形」と呼べる極めて精巧なものが存在する。
 より正確な年代づけは今後の課題であるが、幾何学形細石器と押圧細石刃の存在から、ボラギ渓谷遺跡石器群をさしあたり、ケルメツ・デーレ遺跡段階5、4、および、ネムリク9遺跡下層に関連づけることができそうである。さらに、細石刃の押圧剥離がザグロス山麓のなかでも東方のイラン方面で早く出現したという可能性を考慮すれば、精巧な細石刃押圧剥離を有していたムレファート遺跡やカリム・シャヒル遺跡にあまり離れず先行した石器群であったと考えることもできるだろう(表1)。
謝辞
本論の掲載にあたり、筑波大学大学院人文社会科学研究科の常木晃教授よりご配慮を頂きました。イラン国立博物館旧石器研究センターのFereidoun Biglari 博士には、イランと周辺地域の先史時代に関する幅広く有益な情報を提供して頂きました。末尾ながら、両氏に御礼申し上げます。

参考文献
Howe, B. 1983 Karim Shahir, Prehistoric Archeology along the Zagros Flanks, edited by L.S. Braidwood, R.J.
Braidwood, B. Howe, C.A. Reed and P. J.Watson, Vol.105 of the University of Chicago Oriental Institute Publications, Chicago, pp.23-154.
Kozlowski, S.K. and A. Kempisty 1990 Architecture of the Pre-pottery Neolithic Settlement in Nemrik, Iraq, World Archaeology 21-3, pp.348-362.
Mellaart, J. 1965 Earliest Civilizations of the Near East, Thames and Hudson, London.
Ohnuma, K. 1997 Chronology of the"Proto-Neolithic"of Iraq andSyria: A Hypothetical View, Al-Rafidan Vol.XVIII, pp.45-58.
Olszewski, D. I. 1993 The Zarzian Occupation at Warwasi Rockshelter, Iran, The Paleolithic Prehistory of the Zagros- Taurus, edited by D.I. Olszewski and H.L.Dibble, Monograph 83 of the UniversityMuseum, University of Pennsylvania, pp.207-236.
Roustaei, K., H. Vahdati Nasab, F. Biglari, S. Heydari, G.A. Clark and J.M. Lindly 2004 Recent Paleolithic Surveys in Luristan, Current Anthropology Vol.45, No.5, pp.692-707.
Solecki, R.L. 1981 An Early Village Site at Zawi Chemi Shanidar, Bibliotheca Mesopotamica Vol.13, Undena Publications, Malib.
Watkins, T., Betts, A., Dobney, K., Nesbitt, M., Gale, R. and T. Molleson 1991 Qermez Dere, Tel Afar: Interim Report No.2, 1989, Project Paper No.13, Department of Archaeology, University of Edinburgh.